盛り上がり欠く建国250周年 社会の分断象徴か

テキサス州ロングビュー出身のキャシー・フェインさんが、2026年5月17日(日)、ワシントンD.C.のナショナル・モールで行われた、主に保守的なキリスト教徒による米国建国250周年記念祈祷集会「リデディケイト250」で、国歌を歌いながらアメリカ国旗を掲げている。(AP通信/ジュリア・デマリー・ニキンソン)
By Valerie Richardson – The Washington Times – Wednesday, June 17, 2026
米国建国250周年を眠ったままやり過ごすという選択肢は、もはやトランプ大統領のおかげでなくなった。
国民は、米国の250回目の誕生日を祝う行事がいつ本格的に始まるのかと疑問に思っていたが、ホワイトハウスで開催された総合格闘技イベント「UFCフリーダム250」によって答えが出た。この過剰なまでに愛国的な催しは、政治的立場によって「悲しいほど悪趣味」あるいは「最高に素晴らしい」と評価が分かれた。
しかし、この催しが独立宣言250周年という国家的節目に必要な注目を集めたことは否定できない。この記念行事は、盛大な祝賀ではなくひっそりと終わる危険性を抱えていた。
見出しを見れば状況は明らかだ。
保守系誌アメリカン・コンサーバティブのポッドキャスト「ハイリー・リスペクテッド」の司会者スコット・グリア氏は5月23日の記事で、「アメリカ250の盛り上がりはどこへ行ったのか」と問いかけた。
ピュー・リサーチ・センターは6月12日の分析で、「建国250周年を迎える米国民の気分は沈んでいる」と指摘した。
また、コンサルティング事務所カーペンター・シビック・ストラテジーズの代表マイク・カーペンター氏は6月12日の寄稿で、「多くの米国民は祝賀ムードや愛国心の高まりを感じていない」と述べた。
専門家らは盛り上がり不足の理由として、政治的分断の拡大、愛国心の低下、国民とよりも同じ党派の支持者との一体感を強く感じる傾向の強まりなどを挙げている。
調査会社ストラテジック・インサイツの調査主任トラビス・テイラー氏はワシントン・タイムズに、「国家への見方、国の進む方向だけでなく、国家そのものに対する見方が、以前にはなかったほど党派性と結びついている」と語った。
同氏は「かつて愛国心は政治を超越していた。民主党支持か共和党支持かよりも、米国人であることの方が重要だった。だが今では国家に対する感情そのものが政権を握る政党と結び付いている。与党支持者なら国家に愛着を持ち、野党支持者なら懐疑的になる」と指摘した。
愛国心そのものも低下している。14日に公表されたNBCニュースの世論調査では、自らを「非常に愛国的」と答えた成人は33%にとどまり、2000年以降で最低を記録した。
一方、「全く愛国的ではない」と答えた人は11%で過去最高となった。
テイラー氏は「人々はそれほど国を大切に思わなくなっている。その点、高齢世代とは違う」と語った。
さらに、「知識の豊かな市民層への回帰の兆しは見られるが、建国250周年が半世紀前の200周年記念と同じほどの盛り上がりになるには間に合わないかもしれない」と述べた。
建国250周年は、1975年から76年にかけて全国的な熱狂を巻き起こした建国200周年記念行事と比較されるのは避けられない。
ユーチューブチャンネル「ウォルツ・ワンダリングス」の司会者で作家のウォルター・マイヤー氏は、CBSが1974年から76年まで毎晩放送した「バイセンテニアル(200周年)・ミニッツ」、郵政公社の記念切手、愛国的な記念商品などを振り返った。
同氏は「私は今でも清涼飲料メーカーなどが製作した記念グラスやマグカップを持っている。本来なら楽しく歴史的な祝賀行事になったはずなのに、雰囲気は全く異なる。トランプ氏がホワイトハウスに戻る前から、200周年の時のような盛り上がりはなかった。ゴールデンタイムの特集もなく、記念グラスやマグカップもない。この50年で多くのことが変わったと思う」と語った。
その一つがメディア環境だ。仮にCBSなどのテレビ局が「セミクインセンテニアル(250周年)ミニッツ」を放送していたとしても、その影響は当時とは違うとマーケティング会社オキシヘノ・プロジェクト創設者のキャサリン・マチャドオハラ氏は指摘する。
同氏は「私が考えずにいられないのは、250周年への熱意が欠けているのではなく、共通の物語が欠けているのではないかということだ。1976年には米国民は建国200周年をほぼ共通の体験として経験した。しかし2026年には、無数のメディアやコミュニティー、視点を通じて250周年を経験している」と語った。
もう一つの問題は名称だ。「セミクインセンテニアル」という言葉は、「バイセンテニアル」のように口になじまない。
権利章典研究所のデービッド・ボブ会長は、「セミクインセンテニアルは長過ぎる。略して『A250』と呼ぼう。ラテン語では500周年の半分という意味だ」と語った。
◇二つの組織、一つの祝賀行事
公式の建国250周年記念事業は、2016年に議会が設置した米国建国250周年委員会によって創設された超党派非営利団体「アメリカ250」が主導している。
元米財務官ロージー・リオス氏が率いるこの団体は、地域集会や社会奉仕活動、慈善寄付を促進することで「3億5000万人全ての米国民(350フォー250)」を巻き込む草の根型の取り組みを進めている。
こうした地域重視の方針は別の大統領には適していたかもしれないが、大舞台好きのトランプ氏には合わなかった。
トランプ氏は昨年、「フリーダム250」を立ち上げた。これはホワイトハウスやナショナルモールなどの象徴的な場所で大規模イベントを開催する官民連携事業である。
UFCフリーダム250は派手な催しだった。総合格闘家やオートバイのジャンプ、数千人の軍関係者、「スーパーデルタ」編隊飛行、ハクトウワシの飛翔、大規模花火大会に加え、恒例の反トランプ抗議活動や未遂に終わったテロ計画まで登場した。
次の目玉は、6月25日から7月10日までナショナルモールで開催される「グレート・アメリカン・ステート・フェア」だ。家畜展示や「ロデオ250」が予定されており、投げ縄や乗馬競技を通じてカウボーイ文化の変遷を紹介する。
フリーダム250は7月4日のナショナルモールでの祝賀行事で最高潮を迎える。トランプ大統領が主役を務め、軍用機の飛行、「史上最大の軍楽隊」「史上最大の花火大会」が予定されている。
フリーダム250はアメリカ250の存在感を奪っているとの批判もあるが、リオス氏は両者は競合関係ではなく補完関係にあると語った。
同氏はワシントン・タイムズに、「議会から3億5000万人全ての米国民を代表する役割を託された全国組織として、アメリカ250は超党派委員会が承認した価値観重視の事業を地方、州、全米、国際レベルで進め、独立記念日の週末には一生に一度となる祝賀行事を実施していく」と述べた。
さらに、「連邦、州、地方レベルで250周年行事を計画している他の多くの団体を支持しており、全ての米国民が祝賀に参加する十分な機会を持てるようにしたい」と語った。
しかし民主党系知事らはそれほど協力的ではない。少なくとも7州が費用や日程上の問題を理由に、グレート・アメリカン・ステート・フェアへの参加を見送ると発表している。
これまでに、コネティカット、イリノイ、メーン、マサチューセッツ、ノースカロライナ、オレゴン、ワシントン州が不参加を表明している。
オレゴン州のティナ・コテック知事の報道官ルーク・ハーキンス氏は不参加の理由として、「ワシントンでの行事が当初説明されていたよりも党派色の強いものになりつつあるとの懸念が高まっている」ことを挙げた。
同氏は声明で、「知事はオレゴン州で建国250周年を誇りを持って祝う予定であり、オレゴン州アメリカ250委員会がこの夏以降に企画している多くの展示会や行事を楽しみにしている」と述べた。
建国250周年に向けた盛り上がりには時間がかかっているものの、マチャドオハラ氏は独立記念日が近づけば米国民は違いを超えて祝賀に参加すると予想している。
同氏は「熱気はまだ頂点に達しておらず、日が近づくにつれてさらに高まるだろう。問題は、細分化された現代のメディア環境と政治状況の中で、3億3000万人の国民に同じ瞬間と同じメッセージを共有しているという感覚を持たせることができるかどうかだ」と語った。
新刊「Divided Over the Declaration: How an Enduring Debate Sustains the Vision of America」の共著者でもあるボブ氏は、その一体感が長く続くことを願っている。
同氏は、「米国人であるとは、人間一人一人の尊厳という原則に依拠することだ。全ての人は平等につくられている。そして同時に、その原則について大いに議論し、共に答えを見つけようとすることでもある。それこそがA250の遺産として残ってほしいものだ」と語った。



