宗教的少数派への迫害が激化-パキスタン

(2023年8月22日)

2019年4月23日火曜日、パキスタンのラホールで、スリランカの教会やホテルで起きた爆発事件の犠牲者のための特別祈祷に参加するパキスタンのキリスト教徒たち。スリランカでイースターサンデーに起きた爆弾テロによる死者は火曜日、300人以上に上った。(AP写真/K.M. Chaudary)

By Andrew Salmon – The Washington Times – Friday, August 18, 2023

 【ロンドン】テロ、自然災害、政府の機能不全に悩まされる核保有国パキスタンでは、整備工場での口論は些細なことに思えるかもしれない。

 だがアシュファク・マシーさんにとっては違う。

 ラホールのキリスト教徒のバイク修理工マシーさんは、イスラム教徒の顧客が信心深いことを理由に値引きを要求したために口論になった。マシーさんは、宗教は値引きの理由にならないと主張した。

 これを受けて、妻と娘がいるマシーさんは2017年に収監された。今年7月、冒涜法に基づいて死刑判決に格上げされた。

 イスラム教徒が圧倒的に多いこの国の宗教的不寛容の実態について国際的に懸念があるにもかかわらず、議員らは今月初め、これらの法律を強化する方向に動いた。

 パキスタンは現在、大きな混乱の中にあり、宗教的不寛容は見過ごされがちだ。しかし、深刻な問題であることに変わりはない。「米国際信教の自由委員会(UACIRF)」は、パキスタンに関する2022年の報告書の中で、過激主義と問題のある法律の両方を指弾している。

 最新のエピソードとしては、今週、東部パンジャブ州のイスラム教徒が、キリスト教徒の男性がコーランを冒涜したという根拠のないうわさをめぐって暴動を起こし、男性の家を取り壊し、教会を燃やし、他の数軒の家にも被害が出た。

 政府は治安回復のために警官隊を増派し、軍隊を派遣、125人以上が拘束され、パキスタンの宗教法に国際的な監視の目が向けられることになった。

 UACIRFのモハメド・マジド氏は、「パキスタンのキリスト教徒に対する暴力は、冒涜法がもたらしたものであり、信教の自由に対する脅威以外の何物でもない。私たちは、これらの法律を強化する取り組みが、宗教的少数派に対する暴力を激化させるのではないかと懸念している」と述べた。

 アナリストらは、法的・政治的問題が絡み合い、問題をより深刻にしていると言う。

 信仰のために迫害されているパキスタンのキリスト教徒のために活動している非営利団体「法的援助・支援・解決(CLAAS)」のナシール・サイード氏は「パキスタンは近年、宗教に基づく厳しい判決など、さまざまな問題が起きている。社会的力学、過激派イデオロギーの影響、法的枠組みの齟齬などの要因が、このような判決の蔓延に寄与している」と言う。

 イスラム教スンニ派が多数派を占めるパキスタンで苦しんでいるのはキリスト教徒だけではない。スンニ派以外のイスラム教徒やヒンズー教徒も同様だ。

 パキスタンは核保有国であり、国内が混乱へと向かえば、政策立案者らは信教の自由を後回しにする可能性がある。しかし、宗教的権利の擁護者らは、信教の自由の軽視は危険な過ちを招来しかねないと警告している。

 人権活動家で作家のアーロン・ローズ氏は、「信教の自由とは、国家を超越し、国家に支配されない道徳的権威を尊重することだ」と言う。

 ローズ氏は、この概念は、15世紀から16世紀にかけて欧州で起こった殺人的な宗教紛争を受けて発生したものと指摘、「信教の自由は、第一の自由と呼ぶことができる。個人の道徳的選択を保護するだけでなく、マイノリティーの法的保護と政治的多元主義のための政治的道を開いたからだ」と述べた。

罰を受けることなく活動

 2022年の米国務省の報告によると、パキスタン憲法はイスラム教を正式な国教と定め、すべての法律の条項がイスラム教と一致することが求められている。

 USCIRFによると、少数派宗教の信者は、「イスラム教スンニ派の過激主義と、冒涜法のような差別的な法律による迫害の継続的な脅威」によって脅かされており、「これらの法律は、イスラム過激派が宗教的少数派や異なる信条を持つ人々を容易に標的にし、平然と活動することを可能にし、助長してきた」。

 パキスタンにおける宗教的不寛容には、いくつもの形態がある。

 パキスタン・メディアの報道によると、昨年12月、ヒンドゥー教徒の10代の少年が、フェイスブックへの投稿で神に疑問を呈し、神を冒涜した罪で逮捕、起訴された。その少年は、女性の人身売買をめぐって動揺していたとみられている。

 非スンニ派のイスラム教徒も同様の被害を受けている。国際人権委員会のナシム・マリク事務局長は、イスラム教のアフマディーヤ(アフマディ)教徒がさまざまな暴力や中傷を受けていることを指摘している。

 彼らはイスラム教徒であることを名乗ることも、信仰を実践することも禁じられている。その多くは、差別的な雇用法によって公の場から排斥されている。アフマディの子供は教育を拒否され、女性はアフマディの服装による差別に苦しんでいる。

 7月には、墓地が襲撃され、アフマディ信徒の墓石が破壊された。このような出来事は何年も前から続いており、マリク氏は「アフマディは死後も迫害から解放されないことを意味する」と述べた。

 USCIRFの調査によれば、2022年には6人の少数派宗教の指導者が暗殺された。冒涜の疑いで暴徒によるリンチや石打ちが行われ、強制改宗もスンニ派以外のすべてのグループにとって問題となっている。

 これまで、冒涜法によって処刑された者はいない。しかし、裁判では被害者が何年も収監されたままになっている。

 サイード氏は、「個人が冒涜罪で厳しい量刑に直面するケースでは、さまざまな形で影響力を行使し、より慈悲深く公正な裁判手続きを求めていくことが極めて重要となる。被害者が罪を犯してもいないにもかかわらず、8年から10年も刑務所で過ごすことはよくあることだ」と指摘する。

 一方、裁判所は、強力なイスラム主義組織から取り締まりへの圧力を受けている。

 マリク氏は、「裁判が行われると、裁判所の外に何百人も集まり、こう叫ぶ。『生かしてはおかない。子供たちを誘拐する』」と語った。

 2022年のUSCIRFの報告書も同様だ。「冒涜法と反アフマディーヤ法はイスラム過激派を助長し、その主張を支えている。…また、パキスタンの法律では、拉致、強制結婚、イスラム教への強制改宗の危険にさらされている宗教的少数派を保護できない」

 宗教的不寛容は、統治が弱く、公的機関による監視が行われていない環境の中で強まっている。

 マリク氏は「このようなことが起きているのは、この国に安定した政府と民主主義が存在せず、司法制度に関しては完全にまひしているからに他ならない。原理主義的な聖職者らが権力を手にし、自分たちの言うことには政府や誰もが従わなければならないと主張している」と述べた。

不運の数々

 イスラム教国家としてはインドネシアに次いで世界で2番目に人口の多いパキスタンは、何十年もの間、腐敗と不安定に悩まされてきた。宗教・民族グループからさまざまな過激派が生まれてきた。

 昨年、ポピュリストのイムラン・カーン首相が弾劾され、失脚した。カーン氏をめぐる国内の激しい対立は、今年初めの暗殺未遂事件でクライマックスを迎え、10月の選挙を前に激しさを増している。

 パキスタンは2023年の「世界テロリズム指数」で第6位にランクされている。2022年のテロによる死者数は643人で、2021年から120%増加した。パキスタンは、急成長しているテロ組織、バロチスタン解放軍の本拠地であり、バロチスタン州には強力な少数派イスラム教徒ジクリが居住している。

 昨年、パキスタンは大規模な洪水に見舞われた。経済危機は今年7月、国際通貨基金(IMF)が30億㌦の救済措置を承認したことで回避された。しかし、IMFは救済の条件として、高騰するインフレの中で厳しい財政規律を実施することを要求している。

 パキスタンは国内が混乱する一方で、地政学的には米国にとって重要であり、バイデン政権は対応に苦慮している。アフガニスタン、中国、イランといった主要国と国境を接しているが、アジアで台頭する中国の影響力に対抗する重要な存在として米政府が接近している民主主義国家インドとは対立関係にある。

冒涜法を標的に

 世界有数の人権団体であるアムネスティ・インターナショナルは、2016年からパキスタンの冒涜法に反対する活動を行っている。

 アムネスティの国際事務局で南アジア担当メディアマネジャーを務めるナジア・エルム氏によると、アムネスティは、パキスタンの宗教保守派やアフガニスタンの厳格なイスラム主義のタリバン政権などに、迫害や差別の証拠を直接提示することもいとわない。

 エラム氏は「私たちは独自の分析をもとに、政府や意思決定者に正しいことをするよう影響を与え、圧力をかけている」と指摘、「私たちはさらに、国際的な法律や規制を守る責任を当局に問うために、国連のさまざまな機構と協力している」と述べた。

 しかし、活動家らによれば、パキスタンの法律は厳格化され、迫害に関する情報を得ることは困難だという。

 5月に発表された2023年の国務省の国際的な信教の自由に関する調査では、パキスタンに対する批判が改めて強調された。

 調査報告は「4月に発足したシャバズ・シャリフ首相の新政権は、イムラン・カーン前首相とその閣僚を、国内の冒涜法を武器に追及した」としている。

 サイード氏は「しかし、宗教的少数派は、宗教的多様性にますます不寛容になっている社会で、冒涜疑惑に基づく訴追や暴力を特に受けやすい」とした上で、「パキスタンの政治的現状と宗教団体からの圧力を考慮すると、通常の交渉チャンネルを通じて、影響力を行使することは難しい」と主張した。

 マリク氏は、パキスタンに多額の援助を提供している欧州連合(EU)やパキスタン軍とつながりのある米軍が、宗教的不寛容に関する法律を緩和するために影響力を行使すべきだと考えている。

 「国際社会に、貧しいパキスタン人を空腹に追いやる可能性のある制裁を行ってほしいとは思っていない。政治指導者、ビジネスマン、裁判官、聖職者に対する制裁が必要だと考えている」

 一方、CLAASと連絡を取り合っているマシーさんの妻によれば、マシーさんは獄中で苦しんでいるという。

 サイード氏は、「彼女は頻繁に夫に面会に行き、マシーさんの健康状態もいい。しかし、裁判に目立った進展はない」と述べた。

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