バイデン経済の二重苦
By Editorial Board – The Washington Times – Wednesday, September 14, 2022
バイデン大統領が、米経済にもたらそうとしている損害は、まだそれほど明白になっていないものの、今、間違いなく表れている。彼が起こしたインフレの嵐の牙に向かって盲目的に突っ走ると、崩壊の可能性が高まる。謝罪することのない大統領が非難を受け入れ、方針を訂正する可能性はほとんどなく、国民は、雲が切れるまで身をかがめながら、強風をやり過ごす外に選択の余地はない。
火曜日に発表された労働省の8月のインフレ報告書は、米国人としては恐怖を覚えずにはいられない。消費者物価指数は、7月の数値から0.1%の上昇を示し、前年比インフレ率は8.3%とかなりの高率だった。エコノミストらは、若干緩やかな8.1%と予測していた。発表を受けて、ダウ工業株平均値は4%近く下落した。
バイデン氏が2021年に、強靭(きょうじん)な経済構築のために、パンデミックからの回復のために数兆ドルを投入するという決定を下したことで、ほとんど変動がなかったインフレ率は40年ぶりの高水準にまで上昇した。連邦準備制度理事会(FRB)が金利を引き上げ、インフレの勢いを抑えようとする一方で、大統領は経済を壊そうとし続けている。8月の数値は、今年のFRBによる4回の利上げが、ほとんど何の影響も及ぼしていないことを示している。
大きな政府の歳出のひどい影響のことなどまるでなかったかのように、バイデン氏と民主党員らは火曜日、ホワイトハウスの庭に集まって、いわゆるインフレ低減法が通過したことを祝って、旧交を温めていた。4300億ドルの新たな支出を承認するこの法案の効果は、その題名とは正反対のことを予兆している。パーティーは、株式市場が暴落する中で開催されており、ナンシー・ペロシ下院議長(民主党)が聴衆に大統領の「並外れたリーダーシップ」をたたえるよう懇願せざるを得なかった。
金利の上昇とインフレ率の急上昇という二重の打撃を特徴とする経済状況をすでに乗り切ってきたことのある経験豊富な米国民は、経験のない人たちにそれを繰り返させたくはないだろう。1979年にインフレ率が11%を超えた時、FRBのボルカー議長は、マネーサプライを引き締めることでインフレを抑えようとした。
その後、1980年には、インフレ率は15%近くに達し、金利も19%を超えてピークに達した。金利がインフレ率を上回ることを許したことは、痛みを伴う二番底の景気後退をもたらしたが、1983年の初めまでにインフレ率が4%未満に落ち着いたため、効果があったことが証明された。
1981年に住宅ローンの金利が18.45%――「自由の国」では歴史上最高――に達した時など、40年前に国を悩ませたような経済的困難を経験する可能性に身震いするのは無意味ではないだろう。
頭上の嵐の雲に明るい兆しがあるとすれば、それは、バイデン氏のインフレ率と金利の上昇による被害・損失の結果が出る日が近付いているということだ。2年後に、米国民は国のリーダーを否定し、国の方向性を変える機会を得る。最終的には、公正な選挙が審判を下す。