ブチャ、破壊から再建へ-ウクライナ

(2023年2月4日)

2022年4月6日(水)、キエフ郊外のウクライナのブチャで、破壊されたロシアの戦車の中を歩くウクライナ軍人の姿。(AP写真/フェリペ・ダナ)

By Mike Glenn – The Washington Times – Wednesday, February 1, 2023

 ロシアの侵攻から11カ月、ウクライナのブチャ市長は、首都キーウ(キエフ)郊外の静かで、住みよい、木々に囲まれたこの街が、ロシアの残虐行為を象徴する場所になるとは1年前は思ってもいなかったと述懐した。

 ワシントンを訪問したアナトリー・フェドルク市長は、「(戦争の脅威が高まっていた時も)ブチャは安全だと友人に言っていた。小さな町で、ロシア人が来るとは思っていなかった。住みやすい所だ。全面的な侵攻が起きるとは思いたくなかった」と当時を振り返った。

 ロシア軍による突然の攻撃と5週間にわたる残虐な占領を経て、フェドルク氏は、住民が生活を取り戻すのを支援することに専念していると述べた。国連当局者らは、占領により民間人73人が死亡したとしているが、ウクライナ当局はその6倍と主張している。

 フェドルク氏は1月31日、ハドソン研究所で、「連中がしたことを忘れることも、許すこともできない。ロシアの獣が世界に対してしていることを見てきた。住民が戻ってこられるよう最善を尽くさねばならない」と述べた。

 副市長のミハイリナ・スコリクシュカリフスカ氏によると、ブチャの代表団がワシントンを訪問しており、ブチャでの戦争犯罪の調査に協力している。

 スコリクシュカリフスカ氏はワシントン・タイムズに、「あれは偶然起きたものではなかった。民間人がロシア兵に射殺された。罰を受けることはないと思っていたからだ。戦争の『勝者』のように振る舞っていた」と述べた。

 ブチャは首都から二十数キロ離れ、侵攻前は、都会の喧騒をひと時、逃れようとする人々に人気の場所だった。ウクライナへの主要侵攻ルートの途中にあったことが災いの元となった。ウクライナの人々によると、ロシア軍は残虐行為を戦術として使い、破壊と集団墓地を残し、キーウ奪取の失敗によって、ようやくブチャを離れた。

 侵略者らは、ブチャで兵士と非戦闘員を区別しなかったようだ。パンを買うために通りを渡っていた民間人が、町を守るため武器を取るだろうと殺された。ウクライナ当局者らは、ブチャでの大量虐殺で、後ろ手に縛られた女性や子供を含む約500人の遺体が見つかったとしている。

 ロシア兵の最初の目的は、ブチャの市長を25年間務めていたフェドルク氏を見つけ出すことだった。捕まれば、二つの選択肢しかなかった。ロシアの要求を受け入れるか、殺されるかだ。フェドルク氏は第3の道を選び、地下にもぐり、包囲された住民への支援活動を組織した。

 ブチャへの経済支援を募るためのワシントンへの慌ただしい訪問の中でフェドルク氏は「地域の当局者らは避難するよう助言してくれた。同僚も皆そうだった」と述べた。

 ハドソン研究所で聴衆を前に、住民の多くが、私が避難しないのなら、ブチャを離れないと言っていたことを明らかにした。

 「市民にこう言った。『まず避難しなさい。私も後に続くから』。とどまると判断したことを皆に謝罪しなければならない。1998年以降、市民は私を信頼してくれていた。難しい決断だった」

1989年5月17日、中国・北京の天安門広場は、民主化を求める集会で数千人の群衆で埋め尽くされた。(AP通信/Sadayuki Mikami)

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