古典教育はAI時代を生き抜く力を育む-キャスリーン・オトゥール

(2026年1月30日)

教室、机、黒板。(写真提供:miya227 via Shutterstock)

By Kathleen O’Toole – Tuesday, January 13, 2026

 専門家は、人工知能(AI)が雇用に深刻な衝撃をもたらす可能性があると警告する。米新興企業アンソロピックのダリオ・アモデイ最高経営責任者(CEO)は、AIによって今後5年以内にホワイトカラーの初級職の50%が消滅する可能性があり、失業率は10~20%に跳ね上がりかねないと語った。

 一方、世界経済フォーラム(WEF)の調査では、今後5年で雇用主の40%がAIを理由に人員削減を見込んでいることが分かっている。

 こうした衝撃的な予測は、私たちに切実な問いを突きつける。今存在する仕事があしたには消えてしまうかもしれず、逆に、あしたには今は想像もできないような新しい仕事が生まれているかもしれない。そのような時代に、私たちは子供をどのように教育すべきなのだろうか。意外に思われるかもしれないが、テクノロジーに満ちた世界で最良の教育法は、実は昔ながらの「クラシカル教育(古典教育)」にある。

 その理由を理解するためには、教育におけるテクノロジーを巡る2つの主要な考え方を整理する必要がある。1つは、テクノロジーを学習や指導の近道として扱う考え方だ。すべての生徒にAIツールや計算機、プロンプト生成エンジンを与えれば、生徒は小テストで高得点を取り、人間ではできないような速度で作文を書くことができる。さらに、個別化されたAI家庭教師があれば、人間の教師以上に効率よく、的確な指導を受けることも可能になる。

 この立場の支持者は、子供や教師が早い段階からテクノロジーに親しむことで、将来に向けた優位性が得られると考えている。しかし、基礎となる力を身に付けないままであれば、機械は思考を補助するものでなく、取って代わる存在になってしまう。技術的には器用になっても、テクノロジーを使いこなす主体になるのではなく、逆に支配される存在になりかねない。

 もう1つの考え方は、テクノロジーを主人ではなく道具として位置づけるものだ。生徒はまずテクノロジーに頼らずに学び、技能や習慣を身に付け、情報を集める。その上で、本当に自立できるようになってから、適切な場面でのみテクノロジーを使う。

 米国の標準的な教育制度は、テクノロジー重視で職業訓練に偏っている。前者の方法を取り、それが既定路線となっている場合が多い。将来に備えさせるために学校でテクノロジーを詰め込もうとするが、成功していない。この制度は生徒をテクノロジー依存に仕立て上げるだけだ。

 最近のアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)の討論会でも議論されたように、AIは単に私たちの仕事の効率をアップさせたり、補ったりする一方で、技能を身に付ける機会そのものを奪っている可能性がある。その場合、授業でのAIの使用には慎重であるべきであり、特に高度な思考を促進するのでなく、高度な思考に取って代わるほどAIが強力である場合はなおさらだ。最終的に、テクノロジーなしで何もできない人は、技術の進歩とともに取って代わられる存在になる。

 古典教育は、もう1つの、そしてはるかに信頼できる道を示している。それは、知識、丁寧な思考、西洋思想の豊かな伝統を生徒に根づかせる教育だ。古典教育の授業では、演説、詩、歴史年表、偉大な著作を暗記する。生徒の心は、がらくたではなく、意味に満ちた蔵になる。学業を終えて何十年たっても、そうした文章や考え方は、生徒の中に生き続ける。

 この知の蓄積は、自立した思考の燃料となる。道具を使って課題をこなす人が多い中で、古典教育を受けた生徒は、なぜその課題を解くのか、そのやり方が本当に正しいのかを問う力を持つ。要するに、知性を働かせ、知識を築いてきた古典教育を受けた者こそが、AIが有用な道具なのか危険な存在なのかを見極め、適切に使いこなせる労働者になれる。

 一方で、AIの答えをそのまま吐き出すだけの人は、最も解雇されやすい存在になる。

 数年前の例が分かりやすい。かつて指導者たちは、コンピューターが行き渡った時代には、プログラミングを学べば安定した職が保証されると、求職者に助言していた。ところが現実には、AIが急速にプログラミングの労働市場に入り込んでいる。AIを制御し、成果を点検するデジタル技術者の需要は今後も一定程度残るかもしれないが、必要とされる人数は従来の予想よりはるかに少なくなるだろう。影響を受けるのは、プログラミングだけではない。

 ここでも古典教育は解決策となる。古典教育では、すぐに陳腐化するかもしれない技能を教えるのではなく、さまざまな作品や時代に取り上げられてきたテーマ、構造、議論を読み取る力を育てる。過去の最良の知を身に付けることで、今、創造的であることが可能になる。そうした基盤を持つ人は、適応力と知的な柔軟性を備え、よく選び、よく生きることができるようになる。

 そして何より重要なのは、古典教育が徳を育てる点だ。節度、思慮、勇気、正義といった徳である。そうした生徒は、これから訪れるかもしれない経済的な激動に耐える強さを持ち、大人として人生を築く際に必要な思慮深さも備える。古典教育を受けた生徒は、雇用市場の不確実性だけでなく、人間が持つ複雑さにも向き合う準備ができている。

 AIが初級職の半分を置き換えるかもしれない現実の中、私たちは、いずれ時代遅れになる技術を生徒に過剰に詰め込んだり、存在しなくなるかもしれない仕事のために訓練したりすべきではない。教養、理性、徳を育てる営みとしての教育を取り戻す必要がある。そうすれば、テクノロジーに依存する人形ではなく、自立した、しなやかで強い人間を育てることができるはずだ。

 キャスリーン・オトゥール ヒルズデール・カレッジ(米ミシガン州)の副学長補佐(K12=幼稚園から高校=教育担当)。ヒルズデール・アカデミーの高校教員。

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