トーマス判事、進歩主義の危険性に警鐘

2022年10月7日、ワシントンで、クラレンス・トーマス最高裁判事が他の最高裁判事らと共に集合写真に収まった。上院財政委員会の民主党委員長は2024年8月5日(月)、トーマス判事が共和党の大口献金者ハーラン・クロウ氏のプライベートジェットを利用した追加の旅行について、公に開示していなかったと述べた。オレゴン州選出のロン・ワイデン上院議員は、クロウ氏の弁護士に対し、この旅行について問い合わせる書簡を送った。ワイデン議員は、選挙の年を機に最高裁判所の倫理規定を強化する動きを後押ししている。(AP通信写真/J.スコット・アップルホワイト、ファイル)
By Editorial Board – The Washington Times – Monday, April 20, 2026
クラレンス・トーマス連邦最高裁判事は、2千語にも満たない短い文章で、進歩主義が米国と世界にもたらす深刻な危険性を要約して示した。
独立宣言署名250周年を記念してテキサス大学オースティン校で行われた演説で、トーマス判事は、特に近代史においてウィルソン大統領がもたらした思想の根本的な問題点を、一般の人にも分かりやすい言葉で説明した。
さらにトーマス判事は、その哲学が、米国を世界で最も自由で、最も多くの移民を受け入れてきた国家としての本質と両立し得ないことを、聴衆に詳しく述べた。
ウィルソンにとって――自由はもはや「神からの贈り物として政府に先立って存在するもの」ではなく、「政府の恩寵によって享受されるもの」になってしまった、とトーマス判事は満員の聴衆に語った。「進歩主義とは……われわれの権利や尊厳は神からではなく政府からくると考える思想だ。それは人々に従属と弱さをもたらすものであり、権利が超越的な起源を持つという憲法の前提とは両立し得ない」
それこそが、いま大学生やZ世代の若者たちの間に見られる、極左的なものすべてに対する“『ズーランダー』(主人公が操られる映画)的な催眠状態のような盲従”である。彼らは「フリー・パレスチナ」のテント村を張り、社会主義への愛を公言しているが、社会主義の下で暮らした経験は一度もない。それでも、自由を無償化と交換したいという願望を隠そうともしない。
トーマス判事が述べるように、政界に入る前、ウィルソンは米国民を「利己的で、無知で、臆病で、頑固で、愚かだ」と評していた。
実際、今の進歩主義――アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員やバーニー・サンダース上院議員が体現するそれ――は、単なる政治的立場ではない。生活様式、宗教、精神性までを一括で提供する“ワンストップショップ”のようなものだ。何を身につけるべきか(ケフィーヤ<中東の伝統的な頭布>は何にでも合う)、誰を憎むべきか(まずはドナルド・トランプ氏とユダヤ人)、諸問題でどの立場を取るべきか(国境は不要、出産直前までの中絶容認)を教えてくれる。思考停止した人々に合わせてつくられた思想だ。
しかし、近現代史を少しでも読んだことがある人なら、進歩主義が「試してみる価値のある新しいもの」ではないことを知っている。
「ウィルソンや進歩主義者たちが、米国人が採用しないことを叱責し、『ほとんど完璧だ』と称賛した欧州の制度は、世界史上もっとも恐ろしい世紀をもたらした政府を生み出したのだ」と、トーマス判事は語った。
スターリン、ヒトラー、ムッソリーニ、毛沢東は皆、進歩主義の台頭と結び付いており、そして彼らは皆、私たちの独立宣言が基礎を置く「自然権」に反対していた。
プレッシー対ファーガソン判決の「人種隔離すれども平等」という判断をもたらしたのはリベラル派であり、優生学を受け入れたのも彼らだった、とトーマス判事は聴衆に語った。
進歩主義という名称そのものが、支持者たちの唯一の関心――絶え間ない変化――を示している。まるで、何一つ守る価値のあるものが存在しないかのように。「自然権は歴史的進歩のために退けられなければならない」というウィルソンの主張は、私たちの歴史上最大の誤りを正当化し得る、とトーマス判事は述べた。
多数派が「悪いことをしても構わない」と言うときに、正しいことのために立ち上がるには、知的にも、感情的にも、精神的にも、途方もない勇気が必要となる。とりわけ、個人の選択や結果責任にアレルギーを示す人々がこれほど多い中で建国250年を迎えようとしている今こそ、われわれ全員がそれをしなければならない。