中国、好待遇で米科学者を引き抜き 狙いは先端技術の窃取
By Bill Gertz – The Washington Times – Monday, November 13, 2023
ワシントン・タイムズの調査から、中国が14億㌦以上を投じて研究所を設立し、米ロスアラモス国立研究所から引き抜いた科学者らに運営させていることが明らかになった。米国の科学者を雇用し、先端技術を獲得するための取り組みの一環だ。
この研究所は中国浙江省寧波市の東方理工高等研究院(EIAS)。同市で設立が計画されている東方技術学院(EIT)の前身とEIASのサイトでは説明されている。EIASは、中国が独自に生み出すことのできない最先端技術を獲得するため、米国の科学者らに100万㌦もの給料を支払い、さまざまな便宜を図っている。
このプロジェクトに関する文書や専門家によれば、この計画では米国で経験を積んだ科学者らが雇用されているという。
EIASとEITは、寧波市の中国共産党から資金的、政治的支援を受けている。この計画は、中国の人材獲得計画「千人計画」の一環だ。
中国を管轄する米司法省の「中国イニシアチブ」は、米国の技術とスキルを標的としている千人計画を監視しており、2018年以降、イニシアチブは米国の大学と関係のある20人以上を起訴している。その多くは、中国政府関連のプロジェクトで密かに働きながら、米国政府の機密研究に関与していたとされている。
中国イニシアチブはトランプ政権時代に、中国の技術窃取による年間2500億~6000億㌦と推定される損失を食い止めるために設置された。バイデン政権は、人種差別をめぐる懸念から、このイニシアチブを停止した。
技術窃取と人材獲得計画に関する調査は、計画に詳しい専門家から提供された情報とインタビュー、計画の目標と目的を概説した文書、中国のインターネットに掲載された情報に基づいて行った。
セキュリティー専門家によれば、EIT設立を目指すEIAS計画のために寧波市で数エーカー(1エーカーは約4000平方㍍)の敷地が確保され、その目的は主に半導体分野の米国の知的財産を組織的に盗むことだという。
昆鵬計画
EIASの文書によると、中国は人材獲得のためのこの活動を「昆鵬(クンペン)計画」と呼んでいる。米国は中国への先端マイクロチップの輸出を規制しており、この計画はそれに対処するための重要な部分を占める。
計画の名の昆鵬は、中国の神話に登場する大きな魚から捕食鳥に変身する生物に由来する。
EIASは、ノーベル賞レベルの技術者を獲得することに加え、半導体、人工知能(AI)、電池、高度なコンピューティングの分野で米国から先端技術を得ることを計画している。
この計画を調査したある専門家は「EITの教授陣や管理職のやり方は、米企業であれば企業秘密や競業避止義務を露骨に侵害するものだ」と言う。
EIAS計画は、上海のウィル・セミコンダクター社の創業者で会長の余仁栄氏による40億㌦の初期出資によって成り立っている。中国政府は、初期投資の20~30%の資金を提供することに同意している。
EITのウェブサイトには、寧波に拠点を置く億万長者でオムニビジョン・テクノロジーズのCEOである余氏が出資する「新しいスタイルの研究大学」と記載されている。地元の浙江省政府は、このハイテク大学に広大な土地を提供した。
ウィル・セミコンダクターは2019年まで比較的小規模だったが、中国国家集積回路投資基金からの500億㌦の助成金を受け、米国を拠点とするオムニビジョンを21億7800万㌦でひそかに買収した。この基金が目指しているのは、商業と軍事部門に利益をもたらす中国の「融合プロジェクト」の実現だ。
オムニビジョンは、自動運転車、医療、カメラ、携帯電話、兵器システムにとって重要な画像センサーの世界有数のメーカーだ。オムニビジョンの広報担当者を通じてコメントを求めたが、余氏は応じなかった。
イノベーション大国
米国防総省の中国軍に関する最新の年次報告書によると、中国は「イノベーション大国」になるために軍民技術を積極的に獲得しているという。
2015年、中国政府は、新興技術分野の進歩を加速させるために「中国製造2025」計画を打ち出した。同計画では、寧波にあるような地域イノベーションセンターを設立し、「外国の技術的競合を飛び越え、優れたイノベーション・エコシステムを構築する」ことを求めていると報告書は述べている。
北京は、次世代AI、量子情報システム、脳科学とバイオテクノロジー、先端半導体、深宇宙・深海・極地関連技術など、新たな民生・軍事両用技術の支配に重点を置いていると報告書は述べている。
「中国は依然として(科学技術が)不足していることを明確に認識しており、産業政策と国の大規模な技術移転機構を駆使して、これらのギャップを埋めようとしている」と報告書は述べている。
報告によると、中国はAI技術の世界的リーダーであり、来年までにAIで欧米を追い抜くという目標を発表している。中国は、AIと自律型兵器を「未来の戦争概念」の中心に据えている。
中国は現在、半導体製造や電子設計自動化ソフトウエアなど、AI機器については海外に依存しているが、研究者らは次世代半導体の設計コンセプトの確立に意欲的に取り組んでいる。
プロジェクトのウェブサイトによると、EIASには、中国国防科学技術大学で学んだ脳科学の専門家、黄徳庄氏が参加している。
国防総省の報告書によれば、中国はまた、古典的な高性能コンピューターを凌駕する量子コンピューターを設計・製作し、量子コンピューティング・システムに向けて動き出しているという。
中国は「軍民一体となった開発戦略や、機密情報を搭載し、軍事転用可能な軍用レベルの装備を獲得するためのスパイ活動など、国防近代化を支援するために莫大な資源を動員している」と報告書は述べている。
高給と強力なインセンチブ
浙江省当局によれば、EIASは今後5年間に好待遇で200人の技術者を雇用する計画を進めている。2022年半ばまでに48人の米国人技術者を獲得した。
この採用プログラムに参加できるのは、ノーベル賞や数学のノーベル賞と言われる「フィールズ賞」など権威ある国際的な賞を受賞している者でなければならない。プログラムに参加する科学者は60歳未満で、過去2年間に世界的に有名な大学や科学研究所で経験を積んでいなければならないとこの計画に関する文書には書かれている。
また、米国、英国、ドイツ、フランス、日本、カナダ、オーストラリアの大手ハイテク企業の最高責任者や技術責任者にも働きかけている。
採用された技術者らは退職し、浙江省で5年以上働くことを約束しなければならない。中国人技術者も募集している。
最も優秀な技術者は年俸100万㌦以上。知名度の低い研究者には11万㌦から13万7000㌦の給与が提示される。
さらに、採用された技術者に住宅購入費の20%を支払い、子供の教育資金を提供し、通常、中国共産党の議員にのみ与えられる特典である「重要な自治体医療」施設での治療を提供する。
この計画に関するある文書によると、浙江省共産党の彭家薛書記は、2022年9月に承認された寧波の高度デジタル経済に関する広範な計画を提案した。
新しい大学の建設
寧波省政府とEIASは昨年12月、寧波東方科技大学(仮称)を1億1000万㌦の初期投資で建設すると発表した。だが大学の名称は東方技術学院(EIT)という情報もある。
二つ目の文書には、EITの研究・技術の種類が詳細に記されている。「超高解像度検出、超高感度センシング、クロスモーダル(異種感覚)融合、マルチモーダル統合非接触スマートセンサー」に焦点を当てた「情報機器と知覚」などだ。もう一つの研究テーマは、3Dモデリングとシミュレーション分析、それに基づく設計シミュレーションだ。
AIの研究は、膨大なデータ保存、知的推論、意思決定の開発を目指す。
ブロックチェーン(分散型台帳)技術と情報セキュリティーも主要な重点分野だ。この文書によると、採用された科学者は、「ブロックチェーンと情報セキュリティーの国際的な最先端分野での主要な科学的問題と重要な技術的困難」の研究に従事するという。
もう一つの研究分野は、産業用インターネットとフィードバック制御である。このプロジェクトは、センシング技術、モノのインターネット、無線周波数識別の技術的問題を解決することを目指し、最先端のコンピューティング能力を生み出す。
EIASとCHIPS
調査機関「フロンティア・アセスメント」の報告書によると、EIAS計画は、バイデン政権による2022年CHIPS・科学法(米半導体産業への530億㌦の投資計画)に対する中国の対応の一部である。中国当局は、米国が、ライバル経済大国の中国の台頭を抑えるために、重要なハイテク製品の入手を不当に遮断していると非難している。
3人のオープンソース・インテリジェンス(オシント)専門家によるEIASに関する調査報告は、「中国の積極的な技術投資に対応するため、米国は知的財産の確保、優秀な人材の確保、研究開発努力の強化に重点を置いた(コンピューターチップ)戦略を早急に見直す必要がある。これによって、米国の技術面でのリーダーとしての地位、中国の急速な進歩に手遅れになる前に対処する差し迫った必要性に対処するようにする」としている。
科学技術への投資と開発での中国の躍進は、これらの分野での米国の長年にわたる世界的リーダーとしての地位に対する重大な挑戦だ。大規模な資金調達、研究センターの急速な設立、未来志向の技術開発への戦略的集中は、中国が外国技術への依存を減らし、世界市場のリーダーとしての地位を確立することを目指していることの明確な兆しだ。
中国が産学官戦略を緊密に統合させていることは、技術覇権競争での優位性につながる。一方、米国ではこれらは細分化されていると報告書は述べている。
「これらのことから、中国が急速かつ大規模に、科学技術に関する世界での地位を引き上げようとしていることは明らかだ。米中技術競争は極めて重要な局面を迎えている」
フロンティア・アセスメントの報告は、元空軍情報アナリストのL.J.イーズ氏、戦略情報アナリストのライアン・クラーク氏、企業セキュリティー専門家のハンス・ウルリッヒ・ケーザー氏、元米情報アナリスト・国務省高官のロバート・マクライト氏によって執筆された。
この専門家らは、バイオテクノロジー、神経生物学、AI、ヒューマン・コンピューター・インターフェースの融合に関連する問題に焦点を当てたプログラム「CCPバイオスレット・イニシアチブ」の一員だ。
ロスアラモスのパイプライン
EIASのリーダーには、核兵器を設計したニューメキシコ州にあるロスアラモス国立研究所で働いていた3人の科学者がいる。
EIASの陳十一所長は、1997年7月から2000年までロスアラモスの機械エンジニアだった。その期間中、中国は核兵器の機密データを入手するための大規模なスパイ活動に従事していたと米情報機関は指摘している。
ジョンズ・ホプキンス大学の機械工学部長を務めたこともある陳氏は、2005年に中国に移住し、米国籍を放棄した。2015年から2020年まで南方科技大学(SUSTech)の学長を務めた。
陳氏はSUSTech在籍中、マサチューセッツ工科大学機械工学科教授の陳剛氏の採用を監督していた。陳剛氏は2021年、国防総省とエネルギー省から研究資金を得るために必要な、SUSTechを含む中国政府関連団体とのつながりを公表しなかったとして、詐欺罪で起訴された。起訴は2022年に取り下げられた。
陳剛氏に電子メールでコメントを求めたが、返答はなかった。
EIASの所長は、米国籍を持つ再生可能エネルギーの専門家であり、1996年から2004年までロスアラモスで上級研究員として働いていた張東曉氏だ。元ロスアラモス科学者の趙予生氏は、EIASの副所長の一人。どちらもコメントの要請には応じなかった。
EIASの曾文軍副所長は現在米国籍を持ち、マイクロソフト・リサーチ・アジアでAIの開発に携わっていた。曾氏はコメントの要請に応じなかった。
また、EIASの専門家の何人かは、SUSTechで陳氏と一緒に働いていた。
EIASで学んだことがあるというセキュリティー研究者は匿名を条件に、「キャリアを通じて得た知識を使ってゼロから研究を始める人材を採用するのは一つの方法だ」と指摘。
その上で「EITのやり方は、すでに米国の資金を使って画期的な研究を行った人々を雇用し、中国に移動させ、高位の肩書と高給、社会保障を与え、商業化のための資金を提供することで、最初に研究に資金を出した米政府や納税者の戦略的競争相手となるように仕向けることだ」と語った。
もう一人のEIAS専門家は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のコンピューター科学者、何磊氏だ。AIの研究をしており、関係者によれば、大学院生の多くを米国の一流研究所に就職させている。
UCLAのウェブサイトには、電気・コンピューター工学の教授として記載されている。電子メールでのコメント要請には応じなかった。
その目的は、「ヒューマン・クラウド」コンピューティング・サービスを促進し、中国がもはやアクセスできなくなっているコンピューティング・プラットフォームに中国人がアクセスできるようにすることだ。
専門家の知識と米国の技術開発への関与によって積み上げられてきた技術的進歩が、中国による世界の主要技術分野の支配を後押しするのではないかと懸念されている。
キーパーソン
計画の内部事情に詳しい関係者は、何人かのキーパーソンとその役割を明らかにした。
EIAS副所長の曾氏は、AIに役立つ高度なアルゴリズムの開発に取り組んでいる。同氏は電子設計の自動化とチップレット開発に取り組んでいるという。チップレットは、現在の中国製マイクロチップの根本的な欠点である演算能力を高める小さな集積回路だ。
EIASには他に、半導体テストの専門家であるジョージア工科大学のデービッド・キーザー元教授や、マイクロ波と電子設計自動化の専門家であるデューク大学の柳清夥元教授がいる。どちらもコメントの要請には応じなかった。柳氏はデューク大学在職中、国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)、陸軍ナイトビジョン研究所、海軍研究局、全米科学財団、サンディア国立研究所のプロジェクトに携わった。
EIASでは、キーザー氏と柳氏が中国のマイクロチップ製造・加工能力の向上に取り組んでいる。
EIASのもう一人の新人は、カナダのカルガリー大学を退職した化学工学のスペシャリスト、陳掌星氏だ。
次世代電池のスペシャリスト、孫学良氏も元カナダ人科学者で、北京の電気自動車産業の発展に貢献したと言われている。
譚忠超氏はオンタリオ州のウォータールー大学からEIASに加わり、中国のエネルギーとナノテクノロジーの発展に取り組んでいる。
この3人の科学者は、コメントの要請には応じなかった。
EIASに関するフロンティア・アセスメントの報告書によると、寧波での人材採用と技術開発計画は、世界的な技術競争の激化を示唆しているという。
「今の時代は、特に米中間の戦略的な駆け引き、多額の投資、知的財産の覇権をめぐる熾烈な戦いが特徴であることは明らかだ。戦いの場は、半導体からAIまで、いくつかの重要なセクターにまたがり、企業買収だけでなく、教育構想を通じた未来の頭脳形成にも関与している」
報告書は、EIT、EIAS、昆鵬計画といった計画に象徴される中国の技術的野心は、「技術革新の中心を東にシフトさせようと協調して取り組んでいることを示している」と主張している。
「これらの取り組みは、単なる願望ではなく、実質的な資金力に裏打ちされたものであり、技術調達への投資は、時には21億7800万㌦にも上る」
ハイテク企業の戦略的買収は、寧波での計画の積極的戦略をさらに浮き彫りにしている。
議会が書簡
10月31日、下院の二つの委員会は、全米科学財団(NSF)の理事長あてに、NSFが2000の大学に提供している研究資金約70億㌦の安全性を問う書簡を送った。書簡は、米国の大学での外国人人材のリクルートは継続的な脅威だと主張している。
両委員会の共和党委員長は、「米国の科学界の開かれた体制を悪用し、劣化させ、誤用しようとする組織的な試み」だと警告した。
その一例として、南イリノイ大学の肖明清教授の起訴が挙げられる。肖氏は2021年、NSFから15万1099㌦の報酬を受けながら、中国政府と中国の大学から資金を受け取っていたことを隠していたとして連邦政府に起訴された。
ジェームズ・コマー議員(ケンタッキー州)とフランク・ルーカス議員(オクラホマ州)は書簡で「米国の研究を守ることは、米国の科学的競争力を維持し、経済と国家安全保障を守るために不可欠だ」と強調した。コマー氏は下院監視・改革委員会の委員長、ルーカス議員は下院科学・宇宙・技術委員会の委員長を務めている。
EIASはコメントの要請に応じなかった。記事中で言及したEIASの専門家全員に、研究所での役割についてコメントを求めたが、誰からも回答はなかった。