天然資源活用の過剰な犯罪化は危険
By THE WASHINGTON TIMES – – Sunday, April 25, 2021
ANALYSIS/OPINION:手付かずの惑星は、21世紀では高く評価されており、環境を無思慮に汚す人間の活動は厳しく非難されている。
しかし、母なる自然の熱心な擁護者は、恥を知れと言うだけでは満足していない。
彼らは、生態系への損傷を新たな国際的犯罪とすることに余念がなく、それを「エコサイド(環境の破壊)」と命名している。しかし、米国人は気を付ける必要がある。1人の人間による他の人たちの生活を良くするための天然資源の活用は、別の1人の人間にとっては、エコサイドのように見える可能性がある。
環境活動家らは、法学者と組んで、ハーグ国際刑事裁判所に、ジェノサイド(集団虐殺)や戦争犯罪のように、自然界への広範な危害を、起訴可能な犯罪に指定するよう請願している。教皇フランシスコもその中の一人で、2019年に行ったスピーチの中で、エコサイドを「特定の地域の生態系の損傷、あるいは破壊}と説明、「それ故、住民による利用が深刻な被害を引き起こしているか、そのように見られている」とした。ローマ教皇は、これを他の「平和に対する犯罪」の中に含めるよう促したのだ。
確かに、1986年のチェルノブイリ原子力発電所のメルトダウンや、2010年のメキシコ湾でのBP社のディープウォーター・ホライズンの石油流出事故などの環境災害は、広範囲に及ぶ破壊を後に残し、怠慢の結果に対する深刻な懸念を引き起こした。
ただし、生態系の損傷に対する評価が大まかだと、鉱山業や掘削などの重要な人間の活動までが非難の対象となる可能性がある。一部の人にとっては、それが狙いだ。「エコサイドは今や地球全体の風土病になっている」と、米国の環境弁護士スコット・W・バデノニック・ジュニア氏は言う。「太古の昔から地球上で生きている有機体を支えてきている生態系の構造は、至る所で崩壊しつつある。率直に言って、エコサイドは、私たちが地球上に生きているプロセスなのだ」とも。
石油、天然ガス、石炭など、現代の世界にエネルギーを供給している化石燃料資源は、長い間、温室効果ガスの排出について心配する地球温暖化の警告者のターゲットにされてきた。しかし、地球を救うことを目的としているとして好意的に見られる再生可能エネルギーについての新規構想も土地に永続的な傷を残す。
シリコン、銀、鉛など、地中から採取する物は近年急増している――これらを使って、太陽電池パネルメーカーは2019年だけで140ギガ㍗の電力を生成した。2050年までに、7800万トンものソーラーパネルが有効期限を迎え、ゴミ箱行きとなる。有用な元素のリサイクルは高くつくため、パネルはいつも埋め立て地に送られているが、そこでは、有毒な元素が地下水に滲出する可能性がある。
無公害電気自動車のバッテリ-の製造には、コンゴ――ここでは、子供たちが危険な発掘作業に当たるために送られている――などの場所で採掘されるコバルトなどの希土類鉱物や、環境規制が緩い中国で採取されているリチウムが必要とされる。
ワシントンや世界中の首都の環境保護論者らは、彼らの「緑の」革命が、彼らが目下、化石燃料の商取引を見ているのと同様の軽蔑の目で見られている可能性があると言われたら笑い飛ばすかもしれない。しかし、よく考えてみる価値がある。「エコサイド」は、天然資源の活用を過剰に犯罪化した揚げ句、人類を無力に陥れることになりかねないからである。